PRODUCTION NOTE

取材・文 渡辺彰浩

■横浜 ホテルニューグランド
 2022年 初秋 木曜日 天気-曇り
クランクインから2日目。この日は、「黒一色の絵画」を求めて岸辺露伴(高橋一生)と泉京香(飯豊まりえ)がホテルで開かれるオークションを訪れるシーン。原作にはない、映画オリジナルだ。ロケ地となったのは、昭和初期に誕生した西洋の雰囲気が漂うクラシカルなホテルニューグランド。劇中の設定としても格式高いオークション会場ということもあり、2人はいつもより一段上の正装を纏っている。京香は大手出版社「集明社」に勤務する露伴の担当編集であるが、以前はファッション誌を希望していたこともあり、そのお洒落な衣装が特徴。ドレスとまではいかないものの、いつも以上にフォーマルな装いに高橋一生が「一流誌の編集長」のようだと飯豊まりえの笑いを誘う。
ドラマシリーズ第2話で「くしゃがら」を「あしがら」と言い間違えていた京香の天然キャラは今作でも健在。オークション用の「パドルを「ペダル」と言い間違える京香に、露伴が呆れながらツッコミを入れるやり取りでは、スタッフ陣から思わず笑い声が漏れる。ロビーにてオークションのカタログを差し出された京香が、露伴の「気になる絵」である「黒一色の抽象画」を見る場面では、その「黒」を見るようにと渡辺一貴監督から飯豊に頭上の「光」を探して椅子に座る演出が指示された。なお、カタログには、「王冠」と『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズに関連するある文字がデザインされており、ドラマシリーズ同様に渡辺監督の小ネタが今作にも散りばめられている。
昼食休憩後は、ロビーでのシーンから、いよいよオークション会場での撮影へ。ハンマーの音、スピーディーで子気味いいオークショニア(嶋村友美)の声がロビーまで響いている。謎の男・ワタベ(池田良)との競り合いの末に、満足げな表情を浮かべる露伴。その表情の心情について、高橋が渡辺監督に確認をする場面も。撮影の合間、オークション指導の馬場元 氏が高橋のパドルを上げるタイミングを賞賛していた。

■会津若松 向瀧
 初秋 火曜日 天気-晴れ
向瀧は江戸時代の中期から存在していたと言われている、登録文化財制度「第一号」として登録された由緒ある老舗旅館。2022年4月に放送され、主演を高橋、演出を渡辺が務めた『雪国 -SNOW COUNTRY-』のロケ地でもあり、この頃から向瀧を『ルーヴル』の撮影場所候補としてイメージしていたという。『雪国』では中庭の雪景色が印象的に映し出されていたが、本作では緑豊かな庭園をバックにして、蝉の鳴く真夏日に撮影は行われた。
シーンは青年露伴(長尾謙杜)が祖母の屋敷で奈々瀬 (木村文乃)と初めて会話を交わす、原作でも印象的に描かれている場面。餌をついばむ鳥をスケッチしていた露伴は、鳥が飛び立つ先に物干し台で洗濯物を干している奈々瀬を見つける。夏の日差しの中にいる奈々瀬に流れる汗。露伴はスケッチブックにペンを走らせ始める――。
原作コミックスの巻末に掲載されているインタビュー(「荒木飛呂彦に訊く マンガ×BDへの回答」)では荒木飛呂彦の口から「エロティック・サスペンス」というワードが飛び出しているが、その一端を担っているのが奈々瀬。黒のキャミソールで露伴の前に突如現れる彼女は、濃艶でミステリアスな魅力を持つ。奈々瀬に気圧され、たじろぐ露伴には「自信のなさ」が見え隠れするものの、漫画家としての「信念」や「誇り」はすでに芽生え始めている。その揺れ動く心情、真っ直ぐな瞳の輝きを長尾謙杜が露伴として体現しているのを目の当たりにし、なぜ彼がキャスティングされたのかが理解できた気がした。

撮影の合間にはワイヤレスイヤホンで一人の世界に入り、台本を開いてセリフを確認したり、時には中庭の池で泳ぐ鯉をボーッと眺めていた長尾。『ピンクダークの少年』と思われるイラストが描かれたスケッチブックには一部ではあるが長尾自身が線を描いている。撮影を重ねるにつれ、長尾の手は鉛筆の芯の黒で染まっていったが、「リアリティ」を出すため、彼が汚れを落とすことはなかった。

■宇都宮 大谷石採石場跡
 初秋 木曜日 天気-晴れ
大谷石の産地としてだけでなく、歴史と文化が融合する街とされている宇都宮市大谷町。絶景のパワースポットと言われている稲荷山にあるのが、巨大な石切り場、洞窟やトンネルが残る大谷石採石場跡だ。露伴邸としてお馴染みの「葉山 加地邸」、さらに劇中に登場する画家のモリス・ルグラン(Arnaud Le Gall)の作業場には奇しくも大谷石が使われている。

  劇中の舞台となるのは、ルーヴル美術館の地下にある「Z-13倉庫」。「黒い絵」を探しに露伴、京香、ルーヴル美術館文化メディエーション部のエマ・野口(美波)、東洋美術の専門家でルーヴル美術館で新たに発見されたコレクションの調査メンバーである辰巳隆之介(安藤政信)、消防士であるユーゴ・ルナール(ロバ)、ニコラス・トーマ(Jean-Christophe Loustau)が、ランタンの明かりと懐中電灯を頼りに暗がりを進んでいく。数日をかけて撮影する、クライマックスシーンの初日だ。
この日は残暑が残る、最高気温28°Cの快晴だったが、場内は20°C前後とひんやりとしている。ジメッとした地下の多湿空間を再現するため、美術スタッフが総出で地面や壁面に向けて水を撒き続けていた。
 
物語の核心に触れるパートのため詳細は控えるが、シーンの途中にはニコラスが絶叫する箇所がある。ドライリハーサルでは、演じるJean-Christophe Loustauのあまりの声量の大きさにキャストとスタッフ陣がビクッと驚き、自然と笑いが起こっていた。劇中では日本語だけでなく、フランス語のセリフも随所に使用されている。京香を除く、露伴を含めたキャスト陣のフランス語が飛び交い、それをフランス語指導のアルノー・ストキンジェルが間違いがないかチェックをしていた。
 
また、普段はガーリーかつエレガントな衣装が多い京香が、「Z-13倉庫」では黒皮のショート丈のミニワンピースで登場。飯豊の抜群のプロポーションが生かされた、京香の新たなファッションが楽しめるシーンでもある。

■葉山 加地邸 晩秋
 火曜日 天気-晴れ
加地邸は、建築家の遠藤新が1928年に設計した、現存する数少ないプレーリースタイル建築。アプローチには大谷石が使用されており、国登録有形文化財にも登録されている。
 
この日、現場に入り筆者はその光景に驚いた。リビングには無数の草木が吊るされており、オンエアを通して見ていた露伴邸の書斎とはまるで別だったからだ。
 
これらは顔料としての飾り。露伴が「漆黒の黒」――どんな黒よりも輝くような黒を再現するために用いた絵の具の素で、よく見ると机には墨や煤、漆など黒関係の顔料、さらには果物をすり潰して色を加えようとした跡もあり、露伴が試し書きをしたスケッチも確認できる。そして、「もう一人の主役」と言わんばかりに注目を浴びていたのが、露伴のデスクの横に置かれた水槽の中でスイスイと泳ぐ「イカ」だ。
 
もちろん新たなペットとしてではなく、イカ墨の黒を顔料として試す目的からだ。現場に入った高橋と飯豊は、イカに興味津々。高橋は「すごい生き物だ」とその奇妙な姿に好奇心をくすぐられ、飯豊は「美味しそう」と冗談混じりにポツリ。それが実際の露伴と京香のセリフのように思えてならなかった。
 
この日撮影されたのは、京香が露伴に邸宅から追い出されるお馴染みの場面や露伴がデスクで筆を取るワンシーン。後者では、イカ越しに露伴を映す特殊なカットもあり、そういった時に限ってイカが大人しくなるという「イカ待ち」が発生することも。渡辺監督が焦れったそうに長回しをしていたのが印象的だった。また、映画化発表と合わせて公開されていた「超特報映像」での露伴と京香のやり取りもこの日に撮影されていた。「次の取材先は決まった。ルーヴルだ」という、作品を代表する露伴の名セリフ。その前には露伴をパリへと向かわせる確信的なシーンが描かれている。

■大森 大森ベルポート
 晩秋 土曜日 天気-晴れ
この日撮影されたのは、「Z-13倉庫」に続く地下通路への入り口で、露伴、京香、エマ、辰巳がユーゴ、ニコラスと合流するシーンだ。ロケ地は、多彩な施設を形成する商業複合施設であり、大森地区を代表するランドマークの大森ベルポート。一般解放されている巨大なアトリウムはロケ地としてもよく使われている有名なスペースだが、今回選ばれたのは華やかな地上とは打って変わって電波の届かない無機質な地下施設の3F。どこにいるのか分からなくなってしまう、まるで迷路のような場所だ。
 
午前中には館山市にある能忍寺の遺跡トンネルで、「Z-13倉庫」に続く螺旋階段でのシーンが撮影されており、筆者が取材した大谷石採石場跡も然り、そのロケーション選びとシーンの繋がりに驚かされるばかりだ。
 
ここまで撮影を重ね、キャスト陣はすっかり仲の良い関係性に。中でも安藤政信がムードメーカーになっているようだった。S字が続く狭い通路をズンズン進んでいく露伴たち。京香の履くロングブーツがカツンカツンと音を鳴らし、緊迫した空気を生み出すのに一役買っている。日本語とフランス語が交互に並ぶセリフに辰巳を演じる安藤は苦戦した様子だったが、逆に考えればそこが見どころとも言えるだろう。
 
また、このシーンではカメラ・スタビライザーの「ステディカム」が使用されている。三脚で固定した定点やレール上の台車での撮影などが多い本作だが、「ステディカム」での撮影はこれが数少ない例だという。ここまで見てきたシーンと比べても動きのあるダイナミックな映像と本作ではなかなか見ることのなかった珍しい画角に、確認のためモニターを覗き込むスタッフ陣からは思わず「おー!」という声が上がった。
 
映画の日本国内でのロケは、この日がラスト。ユーゴ、ニコラスを演じたロバ、Jean-Christophe Loustauがクランクアップとなり、高橋や安藤らと体を寄せ合う和やかな集合写真が記念に撮影された。

【パリ編】

取材・文 魚住桜子

■パリ サン・ルイ島 カフェ・ルテシア
 2022年 晩秋 火曜日 天気-晴れ
パリのクランクイン初日は、セーヌ川の中州にあるサン・ルイ島で始まった。ここはノートルダム寺院のあるシテ島と並んでパリ発祥の地と呼ばれる古い歴史を誇る島である。この日の撮影は「Z−13倉庫」を出た露伴と京香が、翌朝カフェのテラス席で昨夜の出来事について語り合うシーン。ロケ地の「ルテシア」は現存するカフェ。高橋一生は白シャツに黒の上下。露伴の祖母の形見の丸いサングラスをかけると、間髪入れずに「似合っている!」と飯豊まりえの声が飛び、その場の雰囲気が一気に和らいだ。飯豊はフワッとしたオフホワイトのロングコートを纏ってシックな装い。前日に現地入りしたふたりは疲れた素振りを一切みせない爽やかさだ。

撮影隊は日本から行ったクルーと現地フランス人、在パリ日本人で構成され、日本語とフランス語が飛び交う。撮影はサイレン、飛行機、車の騒音に戸惑いながらも、テキパキと進む。待ち時間では高橋が照明係の装着する機材が日本もフランスも同じだと話し、周囲を感心させる一幕も。始終、和やかなムードで撮影は終了した。

■パリ 凱旋門界隈― アレクサンドル3世 橋― ヴィクトル・ユゴー街
 2022年 晩秋 水曜日 朝 天気-曇りのち雨
早朝は露伴と京香が観光バスから降りてエマ・野口(美波)と落ち合うシーン。凱旋門から目と鼻の先の全長250メートルほどのローム通りは、道の途中から階段になるフォトジェニックな小径だ。この撮影で初めてフランスを訪れた飯豊はパリの印象を語った。「これまで絵本やテレビでしか見たことがなかった街を訪れることができて感動しています。しかも私にとって大切な作品の撮影で来られたのですから尚のこと。オシャレにしても、パリにいるとのびのびとできる感じがします」ベージュやオフホワイト、黒を上品に着こなす飯豊はパリジェンヌそのもの。高橋の黒のノーブルでシャープな服装といい、どんよりと曇ったパリではいっそう映える。

マロニエやプラタナスの街路樹の落葉が黄色く輝き、晩秋のパリは際立って美しい。昼食休憩後は16区のヴィクトル・ユゴー通りから凱旋門の真横をぐるっと回って、シャンゼリゼ通りに入るシーンの撮影。二階建てのバスのオープントップに座る露伴と京香。早朝のシーンが終わる頃に降り始めた雨はバスが凱旋門に近づく頃に晴天に変わり、眩い光に包まれた。さすが“晴れ男”と呼ばれる(らしい)高橋の面目躍如だ。

凱旋門からは放射線状に12本の大通りが広がり、ここを渡るのはパリっ子でさえ“最難関”だといわれる。現地の熟練ドライバーによる運転で、バスは凱旋門の横を通ってシャンゼリゼ通りへ抜ける。だがタイミングが難しく数十回は周回したのではあるまいか。渡辺監督からOKが出た後、誰もが凱旋門巡りは「お腹いっぱい」と苦笑していた。
その後、場所を移しアレクサンドル3世橋へ。ルーヴル美術館を出た露伴と京香は黒い蜘蛛を見たエマの上司ジャックの奇行を不審に思いながら、セーヌ河岸にかかるこの橋を歩く。アールヌーボー様式の街灯や大理石の彫刻が施されたアレクサンドル3世橋はパリ市内にかかる37本の橋の中で最も美しいといわれる。左岸にナポレオンの眠るアンヴァリッド、右岸にグラン・パレ国立美術館、西側にエッフェル塔を臨む最高のロケーション。

空は灰色から鈍色に変化し、雨は本降りになってきた。気温は6度。体感温度は真冬並みだ。技術班は2人が濡れないように大型テントを四隅から抱えて撮影を続行。最後のシーンが終わった直後、「ブラボー!ありがとうございます!」と日仏語が飛び交い熱い拍手が沸き起こった。

■パリ 16区ドレフュス弁護士事務所
 2022年 晩秋 水曜日 天気-小雨
ロケ地はパリ屈指のお屋敷街ヴィクトル・ユゴーに実在する弁護士事務所。オスマン建築の最上階で、窓からはエッフェル塔を臨む。日没から毎時5分間、宝石のように煌めく “シャンパンフラッシュ”を見つめる飯豊は感激の様子だ。

この日の撮影は「黒い絵」が見つかった知らせを受けた露伴と京香がエマに先導されて、文化メディエーション部で絵の在処を確認するシーン。

渡辺監督は念密に配置を確認し、照明部はパソコンの明かりのトーンまでバランスを調整。待ち時間に飯豊が制作班に気さくに話しかける姿が印象的だった。彼女のサービス精神の良さにフランスの女性スタッフは次々と飯豊のインスタグラムをフォローしていた。一方、高橋と美波は演技論を交わす。スタニスラフスキー的憑依型ではなく、「能のような無機質な芝居」とは「隠す」ものetc。「想像力と五感を研ぎ澄ますこと。それがわかったときに役にアプローチしていきたい」という美波。二人の意見は一致したようである。

 後半のシーンが始まる前に小さなアクシデントが起こった。本番直前の緊張に包まれた空気を破るかのように、出前のピッツァが到着!香ばしい匂いが部屋中に漂い、渡辺監督からは「もう終わるというメッセージだよね」と冗談がとぶ。そして見事にラストカットは一回でOK。直後、フランスの制作班は率先してピッツァを頬張る。どうやらフランスと日本では現場での働き方が相当違うようである。

■パリ ルーヴル美術館
 2023年 真冬 火曜日 天気-晴れ
古代文明から1850年代まで3万5千点もの芸術品を展示するルーヴル美術館。1階 (日本式2階) のアポロン・ギャラリーは長さ60mの回廊で、歴代の王侯貴族の宝飾品や調度品が展示されている。エマに連れられてきた露伴と京香。窓から神々しい光が差し込み、3人のシルエットが浮かび上がる。高橋は王侯貴族の肖像画の前で佇み、すっかりルーヴルの空気に溶け込んでいた。

昼休憩後はルーヴル美術館を出てナポレオン中庭に沿った回廊へ場所を移す。3人がルーヴルへ向かって歩くシーンだ。通行止めにした中庭の柵にはフランスの群衆が集まり興味津々な様子。

ガラスのピラミッド入り口前のエレベーターを降りる露伴たち。めざとく露伴を見つけた若者がサインを求める場面では、フランス人俳優のテンションの高さに、スタッフ陣や高橋からも思わず笑いが起きる。
本作は原作の世界観を尊重しつつも、よりダークなトーンに統一した。そのため、透明のガラスから燦々と差し込む光に、雲を待つ「雲待ち」が発生することも。天候に左右されながら時間との戦いで、渡辺監督からは焦りの表情も見てとれた。筆者もスタッフ同様、手に汗握る思いでスリリングな体験をした。

■パリ ルーヴル美術館
 2023 真冬 水曜日〜木曜日 天気-晴れ
総面積6万600平方メートルに及ぶ巨大なルーヴル美術館。建物は大きく3つのブロックに分かれていて、「リシュリュー翼」、「シュリー翼」、「ドゥノン翼」と名付けられている。とりわけ「ドゥノン翼」には「モナリザ」、「サモトラケのニケ」、「ミロのヴィーナス」など著名な芸術品が密集している。「モナ・リザ」の部屋ではルーヴルの地下倉庫に眠る寄贈コレクションについて露伴が考えを巡らせる。幻想的なライティングを創造するため照明班が苦心した。撮影前に10回はルーヴルを下見に訪れた渡辺監督は語った。「(この日を迎えて)感慨深いですが、まだ撮るべきシーンがあるので頭の中で組み立ているところです。とはいえ一生に一度の機会を目一杯楽しんで撮りたいと思います」モニターの前で、まるで指揮者のように手を動かしながら頭の中のイメージを具現化していく。渡辺監督の姿は、まるで魔術師のように見えた。

その後、彫像の部屋に移る。露伴、京香、エマが東洋美術の専門家・辰巳隆之介(安藤政信)と出会うシーン。移動しながらの場面なので配置決めを入念に行う。辰巳は少し気取った役柄。安藤は日本語とフランス語が入り交じるセリフを入念に確認している。


夜休憩後は深夜1時からギリシャ彫刻の最高傑作「サモトラケのニケ」のある踊り場に移動。ここはドゥノン翼とシュリー翼をつなぐアールデコ様式の大階段で「ダリュの階段」と呼ばれる。対面のシュリー翼ではエマの上司ジャックが幻覚を見て、階段から落下するシーンを撮影。走って駆けつけた4人は、彼の口から出た「黒い蜘蛛」という言葉を聞く。カメラは三脚で固定した定点、高低をつけ、寄りと引き、4人の側からとジャックの側からと、数回に分けての大掛かりな撮影だ。人物に肉迫する手持ちカメラは、よりリアルな映像でサスペンス感が高まる。

ルーヴル美術館は入館人数、時間制限の規制が極めて厳格。現場にトラックで機材運搬できないので、全てはスタッフの人力で移動させた。一刻の時間のロスも許されない。映画の内容同様に張り詰めた緊張感が伝わってくる。フランス語を交えた役を演じた安藤政信がクランクアップし、感慨深げな表情を見せていた。

 その後、夜のシーンにセットを変更。露伴、京香、エマが「ダリュの階段」を駆け上がるシーンだ。ダークな闇で3人が揺れ動く「絵」は不気味ながらもスタイリッシュ、スタッフ陣からため息が漏れる。エマ役の美波もクランクアップ。晴れやかな顔でロケ地を去った。

■パリ ルーヴル美術館前
 カルーゼル凱旋門
 2023 真冬 金曜日 天気-曇り
全6ヶ月にわたった撮影の最終日はルーヴル美術館・ピラミッドを前に臨むカルーゼル凱旋門で行われた。この日は「黒い絵」をめぐって、はるばるパリにきた露伴と京香がこの地を去る直前のシーン。午前8時半、空はグレー、気温は1℃。乾いた風が吹き荒れ、吐く息は真っ白、かじかむような寒さだ。この場所は通行止めできないため、車やバス、修復工事の音に妨げられながらも高橋と飯豊は毅然と演技する。スタッフ全員、固唾を呑んで見守る中、渡辺監督のO Kが出てついにクランクアップ!誰もが安堵の表情をしながら終わりを惜しみ、涙ぐむ人が続出。監督から飯豊と高橋に花束が贈呈され、それぞれがスピーチ。高橋はルーヴルで撮影を終えたのが、まだ夢うつつの状態だと言い「本作は人間のルーツに迫る作品になると思います。日本とフランスのスタッフの皆さま、とっても愛しています!」と締めて大喝采を浴びた。渡辺監督は関係者を労ってこう続けた。「パリでの露伴先生との旅はこれで終わりましたが、もっともっと旅を続けられると嬉しいです!」日本とフランスの露伴チームの思いが集結した感動的な朝だった。